因縁果(いんねんか)
読み:いんねんか
「因」は結果をまねくべき直接の原因、「縁」は「因」を助けて結果を生ぜしめる間接の原因、「果」はこれら「因」「縁」によって生起された結果のこと。
今、この稿を読んでいるあなたは、これを読むこととなる直接的な原因が有ったはずです。例えば、検索エンジンで「因縁」という言葉を探してみて、その検索結果の一つをクリックしてみたとか、他サイトのリンクから山仁哲学堂を訪れてみて左メニューの基本用語の中からクリックしてみたとか。これらが直接的な原因、すなわち「因」です。
その結果、あなたはこの稿を読むという「果」に至っています。
これだけで因果の関係は明白なようですが、もう少し視野を広げて考えてみましょう。
例えば、あなたが検索エンジンで「因縁」という言葉を検索してこのサイトに来たならば、その言葉を検索させる動機をもたらした出来事や情報があったはずです。
又、あなたがこの稿を見ているパソコンを作った人、運んだ人、売った人、使用した検索エンジンを開発した人、運営している人・・・・などなど、多くの人、もの、及びそれらのはたらきも関わっています。
さらには、この稿を読んでいるあなたの存在自体があなたの両親によってこの世にもたらされ、その両親の存在もまたそれぞれの父母によって......といくらでも遡って考えることができます。
これら、無限ともいえる様々な要素が積み重なることによって、「今現在にあなたがこの稿を読む」という結果がもたらされています。
このように、一つの「果」に至るまでに必要となる要素は無数にあり、これらの間接的な要因を総称して「縁」といいます。これらのうちのどれか一つが欠けたり、又は異なったりしていれば、現在の結果もそれに応じて異なることとなります。
現在から過去を振り返ってみるならば、「果」としての現在は過去のどのような「因」「縁」がつながり合って生じたのか。反対に将来に視線を向けるならば、現在の自分の行動(業)がどのような「因」「縁」となり、将来どのような「果」となるのか。これらを冷静に見つめることが、自分の人生を思い通りにコントロールする第一歩となります。
私は、「因」と「縁」によって「果」が生じるという法則はこの世において絶対的なものだと考えます。この法則を「因果律(いんがりつ)」といいますが、本サイトではこの語が度々出てくることになります。
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【キーワード】
因,直接原因,縁,間接原因,果,結果,因果律
Posted at 08/12/14 12:12 | Edit
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» 業(ごう)
» 送信元 山仁哲学堂 :2008年12月14日 12:50
「業(ごう)」とは、人間のなす行為、およびそれが残す潜在的な余力のことをいいます。 [詳しくはこちら]